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医薬ジャーナル 1998年03月号(Vol.34 No.03)

p31(775)~p33(777)


医薬ジャーナル論壇

沼田 稔(ぬまた・みのる)…本誌編集長


薬価は他国に従属するものではない


Summary
 診療報酬額には, 国によって極端なばらつきのあることが, 日本医師会の国際比較調査で分かった。 薬剤価格についても各国まちまちで, 概ね米国, ドイツ, 英国, シンガポール, フランス, 台湾の順に安くなっているが, 日本はシンガポールとフランスの間に位置しており, 「必ずしもわが国で高いとは言いにくい。ただし, 特定の薬剤についてはある国で著しく高かったり, 安かったりする」。 しかし, 大事なことは, 国情の異なる国どうしの比較は, あくまで参考の域を出ないということだ。 主体的に, わが国の実情に最も適したシステムが採用されなければならない。 薬価についてもわが国はわが国であって, 他国に従属するものではない。


 日本医師会総合政策研究機構は, 昨年12月付で, わが国医療費の国際比較の独自調査結果をとりまとめた。 調査対象国は, 米国, ドイツ, フランス, シンガポール, 台湾の各国で, 参考として, 一部に英国の数値も組み入れている。 調査項目は, 診察料, 入院料, 注射手技, 処置料, 検体検査, 画像検査, 手術料, 薬剤価格など。 調査の結果では, わが国の診療報酬はドイツ, 台湾よりも高いが, フランスやシンガポールよりは若干安く, 米国とでは, その数分の1であるとしている。
 今回の調査結果では, 各国の診療報酬額は, 国によって極端なばらつきのあることが目につくところとなっている。 例えば初診料ひとつとってみても, わが国の2,500円に対して米国は8,256円で, そのほかドイツが1,556円, フランスが2,867円, シンガポールが1,861円, 台湾が960円といった具合である。
 薬剤価格についても各国まちまちで, 概ね米国, ドイツ, 英国, シンガポール, フランス, 台湾の順に安くなっているが, 日本はシンガポールとフランスの間に位置しており, そのことから報告書では, 「必ずしもわが国で高いとは言いにくい。 ただし, 特定の薬剤についてはある国で著しく高かったり, 安かったりする」 としている。 代表的薬剤の比較価格は別表のとおりであるが, これをみても, 各国の価格にいかにばらつきがあるか, よく理解できるところである。 例えば, ザンタック, クラリス, ヘルベッサーなどは台湾を除いて, また, ガスターはシンガポールを除いて, いずれも, わが国より諸外国のほうが高くなっている。 その反面, レニベース, インデラールは米国を除いて, また, ゾビラックスは英国を除いて, いずれもわが国のほうが高いという結果が出ている。
 注意しなければならないことは, 国情の異なる国どうしの比較は, 基準となる尺度が異なるため, あくまで参考の域を出ないということである。 同調査では, 尺度としての為替レートは昨年11月の日銀公表値を使っているが, 為替レートは基本的に貿易品の対外競争力によって決まるものであり, それによる単純換算では, 実際の生活感覚とはかけ離れたものになってしまう恐れがあるため, さらに購買力平均に基づく換算を行っている。(購買力平均:例えば同じ A という商品が, 日本で300円, 米国では2ドルであるとすると, この商品に関して300円と2ドルは, そのときの為替レートの如何に関わらず同じ購買力を有していることになる。 この関係を1 ドル当たりの単位で示したものが購買力平均であり, この場合の商品 A については, 1ドルは150円ということになる)。
 また国際比較を行う場合には, 国民一人当たりの GNP(国民総生産)を念頭に入れなければならないことも, 調査報告書では指摘している。 例えばいまやわが国の国民一人当たりの GNP は英国の2倍, 台湾の3倍程度もあり, 米国に対しても1.5倍近くある。 したがっておおざっぱないい方をすると, 同じ100ドルなら100ドルのサービスであっても, 国民の負担感, あるいは 「医療人の報われ具合」 は, 日本人にとっては英国人の2分の1, 台湾人の3分の1, 米国, ドイツ, フランス, シンガポールなどの国民の3分の2程度ということになってしまう。 つまり, 例えば 「あるブランドのバッグが諸外国ではとても高価な品物と考えられているのに, 日本では女子高校生が当たり前のように持っていたりする現象は, 結局は負担感の軽重によって大方の説明はつく」 ということなのである。
 要するにこのように各国の国情の違いは, 医療費ひとつにしても, その正確な国際比較を難しいものにしているということなのだが, 調査報告書は, このあたりの事情を冷静にとらえて分析するところとなっている。 また報告書では, 「情報の恣意性」 ということについても触れ, 時に 「情報が恣意的に用いられ, 世論形成過程で一人歩きすることが懸念」 されるとの指摘も行っている。
 さらに各国別の分析においても, 米国の医療費がひとり突出して高いところから, 「いつまでも米国を基準にわが国の診療報酬の低さをアピールする戦術は限界があろう」 として, 自ら釘をさしている。 また, 米国では国民一人当たりの医療費はわが国の1.35倍となっているが, それに対して同国の医療サービス毎の料金がわが国のおよそ4倍だとすると, 「その意味するところは, アメリカ人は量としての医療サービスを日本人の3分の1しか受けていないのではないか?と, いう見方も成り立つ」 としている。
 しかしまた, 「ものごとはこうも単純ではないし, 質の問題も相当複雑なものがあるので軽々には結論づけられないが, 米国という国は, かなりかけ離れたスタンダードを有しているとみなすべきである」 とも結論づけている。
 繰り返しになるが, 国情の異なる国どうしの比較はあくまで参考の域を出るものではない。 調査の切り口によっては, 同じ調査でも全く異なる結果が出ることもあり得よう。 しかしこれまでのわが国の医療費論議では, ある切り口での調査をもとに, わが国の薬価が国際的に高いという断定的評価のもとにすすめられてきたきらいが強い。 それに, その価格評価が正しいかどうかの論議以前にはっきりしておかなければならないことは, 異なる文化や経済状況など, それぞれ独自の国情というものがある以上, 薬価や診療報酬の額についても, ただ他国に追従すればよいというものではなくて, 主体的に, わが国の実情に最も適した値が選択されるのでなくてはならないということである。
 早い話が, 例えば今回の調査結果からでも, わが国としては, 台湾が廉価であるからといって台湾に合わせるわけにはいかないし, 勿論, 高価な米国に合わせるわけにもいかない。 あるいは 「フランスは偶然, わが国と似たところがある」 からといって, そのフランスに合わせるわけにもいかないわけである。 薬価についてもわが国はわが国であって, 他国に従属するものではない。

医薬ジャーナル論壇

深刻な包装ヒートのままの誤嚥


Summary
 薬剤を包装ヒートのまま服用する誤嚥があとを絶たず, 一命に関わるような事例も報告されている。 より深刻なことは, その原因の多くが無知からではなくて, ついうっかりという日常の無意識的行為の結果であるということだ。


 薬剤を包装ヒート (PTP:Press Through Pack-aging)のまま服用する誤嚥があとを絶たず, 本誌今年1月号でも, 64歳の女性患者が摘出処置によって, 危うく一命をとりとめたという事例が, 宝塚市立病院の北田らによって報告されている 1)。 北田らは, 1)その原因のほとんどが, ついうっかりという不注意による事故であること, 2)診断の困難な場合があること, 3)誤嚥防止のため, 最近では製造段階において PTP のスリット(ミシン目)を横方向のみにすることで, 薬剤を個々に切り離し難くする工夫がなされている。 しかし, それでも実際には, ヒートを1つずつ切り離して管理, 服用している患者が多く, この工夫も誤嚥防止の方法としては不十分でしかない-などの問題点のあることを指摘している。
 薬剤を PTP のまま服用するなどということについては, 普通ではにわかには信じがたい出来事であるが, 実際にはこの事故についての報告は依然としてあり, 1968年の文献上最初の報告以来, 「食道異物全体の数十%を占めるまでに増加しており, 今日までの報告症例数は635例を数える」 というのが現実である。
 そして, より深刻なことは, PTP 誤嚥の原因の多くが無知や痴呆ということではなく, ついうっかりという日常の無意識的行為の結果であることだ。 そのことは, 誰でもどこの家庭でも, PTP 誤嚥事故の危険性ということについては, それが全く無縁ではないことを意味している。
 北田らの報告事例でも, 患者は誤嚥当日, 薬を手にしたところまでの記憶はあるものの, 誤嚥したという意識は全くなかったという。 そのため診断が容易でなく, 救急病院から基幹病院, 基幹病院から当該病院へと3病院を転送されている。 さらに当該病院に搬送された後も, 胸部X線・CT 像では診断がつかず, 気管支鏡検査, 食道内視鏡検査の時点で初めて誤嚥された PTP が確認できたという経過をたどっている。
 北田らは PTP 誤嚥対策として, 体内で溶解してしまう材質の開発や調剤上の工夫, さらには, 胸部X線・CT 像では診断がつかなかった症例の経験から, 画像診断可能な PTP 素材の開発が必要であることを提唱している。 これとは別に, 昨年11月の中国・四国薬学会でも鳥取大学病院薬剤部の松原史子氏が, 誤嚥しても消化管を傷つけることなく, さらには薬剤の保存性や服用後の吸収にも影響を与えない PTP 素材についての検討報告を行っている。(本誌1月号 p163参照)。 こうした地道な取り組みの積み重ねを高く評価するものであるが, それとともに最も忘れてはならないことは, 患者自身への十分な啓蒙であり, その効果的な方法の開発であろう。



文献
1)北田徳昭, 吉岡睦展, 小川佳美, 辻隆志, 渡雅克, 黒田和夫, 笹岡英明:医薬ジャーナル. 1998年1月号 p143-147


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