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医薬ジャーナル 2006年6月号(Vol.42 No.6)

p35(1607)~p37(1609)


医薬ジャーナル論壇

佐藤  博
新潟大学医歯学総合病院薬剤部教授・薬剤部長(さとう・ひろし)


薬学教育6年制の大いなる誤算
−serendipityの後始末−


Summary
 薬学教育6年制が,本年4月にスタートした。薬科大学および薬学部の賑わい振りとは好対照に,医療現場,特に病院薬局関係者での冷ややかな反応が目に付く。診療報酬3.16%抑制による病院経営見通しの不透明感,DPC(diagnosis procedure combination)などの包括医療の拡大,臨床研修必修化による医師の都市部偏在と地方病院間格差の拡大,ジェネリック医薬品の代替調剤など,その対策に日々追われることも一因である。それに加えて,何の前触れもないままに早期体験学習への対応依頼が薬科大学から舞い込む。長期実務実習の受け皿作りは,果てしのない薬学部増設により,今や無政府状態にある。実務実習指導薬剤師養成ワークショップも,都道府県薬剤師会および病院薬剤師会に対する開催費用のあまりの高コスト負担問題に揺れている。しかし,薬学教育6年制実施がもたらした医療現場での最大の波紋は,薬剤師空白2年問題と高学歴化した薬剤師への対策である。これら懸案への切り札として,アメリカ並みの「薬剤師助手」制度の確立,その標準化と再評価並びにその育成システムの早急な整備が必須となる。


は じ め に
 薬剤師百年来の悲願であった薬学教育6年制が,本年4月より開始されたが,その対応をめぐり,当事者である薬科大学・薬学部はもとより,病院薬局,調剤薬局およびドラッグストアまで巻き込んで,随所に不協和音が奏でられ始めている。数年前より政治を動かし,用意周到に準備されてきたはずの薬学教育6年制が,何故ここにきて「薬大厳冬の時代の幕開け」と一部のマスコミに揶揄されるほどの「誤算」を生じているのか。また,薬学教育6年制の実施により,早期体験学習や長期実務実習に組み入れられ,従来の医療提供施設に加えて,医療薬学教育実習施設の役割を担うこととなった病院薬局および調剤薬局の困惑ぶりは,何を物語っているのか。失われた10年と時を同じくして,世間から「医薬分業バブル」,「薬学バブル」と揶揄されながらも,一人勝ちを続けてきた「臨床薬学産業」に対して,その創業時から人材供給を一手に引受けてきた観のある病院薬局関係者の一人として,「serendipity(当てにしないものを偶然発見する才能)」に由来する負の部分との決別を含めて,その対応策を提言したい。

薬学教育6年制一期生受験者数の激減
 2002年度までは,40数薬科大学・薬学部,約8,000人と一定数を保っていた薬系コースの定員が,薬学教育6年制がスタートした本年4月には60数薬科大学・薬学部,約12,000人と,わずか4年で50%近くの定員増という異常事態を呈した。これは,大学全入時代の規制緩和による落とし子であり,薬学教育4年制の終焉における「serendipity」とでも言えようか。しかし4年前の時点で,既に目の前にカウントダウンされていた薬学教育6年制遂行を真摯に考えていた者にとっては,現在の状況は逆行以外の何ものでもなかったはずである。ところが,知性の鑑である薬学教育関係者も,自らを律することは適わず,長期実務実習あるいは早期体験学習受け入れ不能なまでに放任したツケに苦しむという,手痛いモラルの反逆を受けることになる。さらに,臨床教員補充の名目で,大量の病院薬剤師を引き抜きながら,一方では,包括医療の進展と急性期病床削減により手薄になった病院薬局と病院薬剤師に対して,実習受け皿のさらなる拡大を望むという矛盾とその形振り構わぬ身勝手さに,医療現場は二重に「困惑」するのである。
 また,この「誤算」を象徴するかの出来事として,今年4月に入学した薬学教育6年制の一期生の受験者数は,昨年より半減したところが20校近くに上り,総数でも約3分の2と激減したことがある。医師や歯科医師ほどに6年制のメリットが,受験生あるいは50%増の授業料を負担する親達に理解されていない証かもしれない。その原因は兎も角として,結果的に富裕層かつ肉体労働を忌避しがちな家庭の子弟達が,その進学に際して有利になるという薬学教育6年制における層別化が,今後どのような影響を医療現場に与えるかである。医療現場の対応如何では,早期退職を始めとした人材の流動化が一段と激しさを増すかもしれない。

薬剤師空白2年対策
 教育機関においては,コンピュータを用いた客観試験(CBT)や客観的臨床能力試験(OSCE)が,また医療機関においては早期体験学習や長期実務実習に関する問題が至る所で議論されている。しかし,もう一つ薬学教育6年制実施に伴い,是非早急に解決せねばならない問題がある。薬剤師の雇用対策である。事実,大手調剤薬局チェーンや大手ドラッグストアでは,2010年から起こる薬剤師が卒業しない2年間への対策として,採用枠の拡大をこの2,3年性急に進めている。ドラッグストアの場合,新設される「登録販売者」が認可されるまでの3年間をしのげばよいため,多少の余裕はあろう。しかし,病院薬局における雇用問題が厄介である。調剤薬局に比較して,一般的に賃金が低く,また労働条件も厳しい病院では,薬剤師の定着率も低い傾向にある。そのため,病院薬局で調剤技術等を習得してから,調剤薬局へ転職するケースが後を絶たない。国立系大学病院では,賃金コストの関係から勤続年数が平均約2年の非常勤薬剤師が全体の3分の1を占めるため,「薬剤師空白2年問題」が雇用を直撃すると予想されている。一部では常勤化へのシフトの動きも見えるが,独立行政法人化による「成果主義」の跋扈により,人件費削減との狭間で遅々としてその改善が進まない。また,新設薬科大学や薬学部への臨床系教員としての転出も数多い。
 これからのますます激しくなる薬剤師不足時代に,雇用が不利な病院薬局における対策は限られ,話題としても俎上してこない嫌いがある。一番簡単でかつ困難な方策は,病院長への薬剤師待遇改善(賃金アップなど)または増員要望である。しかし,今年3.16%の医療費抑制を始めとする診療報酬の低下が予想される状況下では,それも期待薄である。感染制御,がん,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)などの専門薬剤師を養成することも,薬剤師の資質向上には直結しようが,まだそれらの資格取得が特定の病院に限られるため,雇用対策として即効的ではない。

薬剤師助手(テクニシャン)の教育体制の整備
 薬学教育6年制による「薬剤師空白2年問題」と「6年制薬剤師の有効活用問題」に対して,早急な対策が必要である。6年制の薬剤師の職能を十分に発揮するための最良の策は,米国型の「薬剤師助手(テクニシャン)」制度の本格的な導入である。米国では,薬剤師の定員に対して,州ごとに異なりはするが,0.5~1の比率で薬剤師助手の雇用を病院に義務付けている。また,マネージドケアの観点からも,人件費コスト削減に貢献している。
 これまでの薬学教育4年制下での日本の新人薬剤師の職業訓練は,米国型の薬剤師助手的な仕事をその手始めとしていた。しかし,薬剤師として経験が浅い新人とはいえ,6年制教育のもと2年間延長された臨床教育の中でその能力を開花した者であるならば,テクニシャン的ステップを飛び級させて,進化し続ける医療に即対応させることの方が,今後ますます医療現場では重要になってくるように思う。そのための人材養成をする薬学教育6年制でなくて,一般世間,狭い意味では医師を始めとした他の医療職を納得させることはできないと思われる。

今後求められる薬剤師とは
 以前,教授会資料に薬学教育6年制の記述を見つけて,ある臨床系教授が「薬学を6年制化して,何か我々に貢献できるものが増えるのか」という素朴な疑問を著者に投げかけてきたことがある。その教授は,病院薬剤師を極めて高く評価している医師である。治験センターを立ち上げる際には,そのセンター長になり,クリニカルパスを導入する際には,パス委員長になり,さらに腎移植に用いる免疫抑制剤の薬剤感受性試験の開発には,積極的に協力し,その担当薬剤師に対して,関連学会から奨励賞を一度ならず二度までも授与する手助けをして,励ましを与えた医師でもある。臨床の場に,あるいは臨床の学会に薬学者の姿が見えないか,または極めてまれであることを熟知している教授が,「薬学教育6年制」の意図を測りかねていたのである。米国のように,6年制を契機に日本の薬学が臨床志向を鮮明に打ち出すのかどうかを,不安視している節が垣間見える。現在の先進的な医療を行う大学病院の教授やその配下の医師達は,患者を中心にすえた組織横断的な米国型のチーム医療を目指している。日本独特の縦割り型組織である看護部,薬剤部,検査部などの枠を取り払って,おのおのの職種の専門性に特化した中で,質の高い医療行為を行おうとしている。それらは,細胞移植を含む臓器移植,再生医療,遺伝子治療,治験,医療事故対策,感染制御,栄養サポート,集学的がん治療とさまざまである。
 また,チーム医療とは別に病院経営に対しても,医師とともに医療の質を担保しつつ医療経営の効率化を進めるための体制整備を図ることが,薬剤師に求められている。旧来の薬価差益からDPC(diagnosis procedure combination)におけるパス,さらにはジェネリック医薬品に至るまで,「薬剤経済学」および「病院管理学」を駆使する立場をとらねばならない。これら医療現場の「薬剤師のエッセンス」を,今後,薬学教育6年制は時間を掛けて咀嚼していくことが宿命付けられよう。

お わ り に
 日本の病院薬局においても,過去から現在に至るまで,あらゆる仕事に携わる「薬剤師助手」は存在していた。薬剤師不足の病院薬局では,多くの「薬剤師助手」がその資格と作業内容を規定しないまま,貴重な労働力になっている。その実態の全貌は,未だ闇の中にある。その多くは「派遣社員」であったりもする。最近は,治験コーディネーターや調剤薬局における派遣薬剤師まで現れるご時世である。
 日本においては,古くは病院薬剤師の人員配置基準問題,近未来的には大量の薬学部増設に伴う薬剤師過剰問題から,「薬剤師助手」の認知とその業務の標準化,さらには一貫した教育体制の整備に関する議論はなおざりにされてきた経緯がある。薬剤師の雇用を阻害するものとして,一貫して「タブー視」してきたといってもよい。しかし,これに類した先行例が,現在,ドラッグストア業界において進行中である。医薬品販売における薬剤師不在問題から端を発しているが,第一類のリスクが高い医薬品のみ薬剤師がカウンター販売をする他は,新たに設けられる「登録販売者」が販売可能となる規制緩和策である。一般医薬品販売における「薬剤師助手」とでもいうべき存在であろうか。現行の薬種商試験と同様に,その管轄は当該都道府県が行うことになる。すなわち,ドラッグストアにおける薬剤師業務の再定義化であり,「登録販売者」という名の「薬剤師助手」の制度化である。
 薬学教育6年制は,教育年限2年延長の高学歴化と教育費負担増を招来させたことの代償として,受験者数の減少と層別化を促進した。しかし,それは同時に薬剤師雇用の観点からは,医療機関側において人件費の高騰要因として受け取られている。将来的には薬学教育6年制が,社会的コストに見合った資質と働きをすると信じたいが,その評価が定まらないこの10年近くの薬剤師を取り巻く混迷をひもとく立場にある病院の薬剤部長として,その「キーパースン」である「薬剤師助手」の標準化と再評価並びにその育成システムを早急に整備することを思案する以外に,自らを鼓舞する道はないと覚悟しているものである。

論壇





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