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医薬ジャーナル  2001年05月号(Vol.37 No.05)

p31(1489)~p33(1491)


医薬ジャーナル論壇

沼田 稔(ぬまた・みのる)…本誌編集長


タバコ自動販売機に見る薬局倫理の欠如


Summary
 店頭の両側に大きなタバコの自動販売機をでんと構えている店が通勤途上にあって,しかもこれが何と,日本薬剤師会の「基準薬局」の認定表示を掲げている純然たる薬局であるだけに,常々気になっているところではあったが,最近,タバコの販売規制の厳しいオーストラリアへ出掛けることがあって,その後,その引っかかりが一層強くなってきている。いやしくも医療機関の一翼を担う今日の薬局において,タバコの販売を表看板にしているかの如きは,これをただ見過ごしてしまうというわけにはいかないということである。いまやタバコに関しては,それによる健康障害と,さらには医療経済にも及ぼす悪影響の国際的なエビデンスが明確に示され,またWHO(世界保健機関)の禁煙キャンペーンや,欧米諸国の一層のタバコ規制の強化策も伝えられるところである。薬剤師間の国際交流が益々活発になってきている今日,わが国の薬局や薬剤師が,タバコ先進国での物笑いの種になるようでは困るということだ。


 この春にオセアニアへ出掛けることがあったが,別掲の写真は,オーストラリアのゴールドコーストで見かけた雑貨店のタバコ売り場での1枚である。ご覧のように,一つ一つの箱ごとに,“タバコは人を殺す”,“喫煙には耽溺性が”といった恐ろしい文言が,政府からの警告として,目をむくばかりに表記されている。写真では半分隠れていて見えないが,“喫煙が肺癌を”という注意も明確に示されている。同国ではこうした警告を,店によってはタバコ売り場全体の壁面に,大きく目立つ看板として掲げているところもあった。今回の旅行は全くの私事で,仕事には一切関わりを持たないつもりではあったが,わが国での“ぬるま湯”に馴らされてしまっている神経には些か強烈で,つい職業意識が出てしまったという次第である。
 翻ってこれはわが国での話だが,店頭の道路に面した左右の両側に,大きなタバコの自動販売機をでんと構えている店が通勤途上にあって,しかもこれが何と,日本薬剤師会の「基準薬局」の認定表示を掲げている純然たる薬局であるだけに,常々気になっているところではあった。それが今回のオーストラリア旅行の経験の後では,なお一層気持ちの引っかかりが強いものとなった,というよりは,今度は何か許せないといった感じにもなってきている。従ってこの原稿の当初には,その薬局の証拠写真も一緒に掲載して斯界に訴えるつもりではあったのだが,しかし,武士でもない身が“武士の情け”というのも何であるが,はやる気持ちをまあまあというわけで,自らを抑えたということである。
 そんなわけで,昨年10月号の本論壇では,「医師の喫煙自由度は一般人と同じではない」として,医師の喫煙率の意外な高さとその無神経ぶりを批判したところではあるが,今回はまず最初に,この不届きともいえる薬局の事例を取り上げて槍玉にあげておきたいと思う。尤もこうした一薬局の事例の背景には,政治的にも文化的にもわが国全体として,煙害に対する無神経な風潮のあることは確かであり,そうした側面からの影響についても見逃すわけにはいかないということでもある。
 こうしたわが国の煙害への無神経ぶりに対する海外の反応ということでは,「米消費者団体パブリック・シチズン健康調査グループによると,たばこの箱にある警告で世界45カ国を比べると,日本は先進国で唯一0点。『吸いすぎに注意しましょう』は何も言っていないに等しい,と見なされた」(「日経ビジネス」本年3月12日号p.4)とされるほどである。しかし,だからといってわが国では,薬局におけるタバコ販売も現状ではやむを得ないなどというふうにはならないことは勿論である。タバコに対する国際的世論と規制基準は,もはやそのようなところにはないということなのである。
 かつて本欄でも批判したことのある“わが国駄目論”を,都合良くここで逆利用するつもりなど毛頭ないのだが,ことタバコに関しては,それによる健康障害と,さらには医療経済にも及ぼす悪影響の国際的なエビデンスが明確に示され,また後述するWHO(世界保健機関)の禁煙キャンペーンや欧米諸国の一層のタバコ規制の強化が伝えられるなかで,かくも厳然たるわが国との差異を,日常生活における目の前で見せつけられるに至っては,これはもう一言もないというわけである。
 ただし,家族や他人に迷惑をかけることなく(実際には迷惑をかけることが多いのだが),各個人の責任の範囲内で楽しんでいる愛煙家や,さらにはささやかなる一般のタバコ販売店についてということになれば,これはまた別の問題でもあり,ここでやみくもにかみついたりするつもりはない。しかし,いやしくも医療機関の一翼を担う今日の薬局において,前出のようなケースのあることについては,これをただ見過ごしてしまうわけにはいかないということなのである。薬剤師間の国際交流が益々活発になってきている今日,わが国の薬局や薬剤師が,タバコ先進国での物笑いの種になるようでは困るわけだ。

“文化とは苦悩と罪悪感の創造”
 最近のNATURE誌ではその巻頭言で,巨大タバコ会社のフィリップモリス社がドイツで20年近くも提供してきている毎年の研究賞金について,科学者たちはこの“タバコ巨人”をスポンサーとする賞金を,驚くべき満足度を持って受け入れているようだとして,そこにある「苦悩と罪悪感の欠如(An absence of angst)」を厳しく批判し,「要するに文化とは苦悩と罪悪感(アングスト)の創造である」と喝破している1)。このこととはケースは異なるが,アングストの欠如ということでは,2台のタバコ自動販売機を構える薬局においても,本質的には同じと言うべきであろう。
 因みにフィリップモリス社の西ドイツでの慈善基金では,1983年以来,ドイツをはじめオーストリア,スイスなどにおける医学を除く全ての科学研究分野で功績のあった研究者に対して功労賞金を授与してきており,これまでの受賞者数は100人の大台に上っている。そして,この3月に発表された今年の受賞者の賞金は,10万米ドルであったとされる。
 これとは別に英国でもノッティンガム大学が,ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の定める援助規定による初めての適合対象として,BATから新しい研究機関設立のための資金提供を受けることに同意し,これについて識者からの強いひんしゅくを買っているといったことが起きていると伝えられる2)。BATからの資金供与により新設される機関は,企業の社会的責任を国際的に研究するインターナショナルセンターで,向こう3年間に,BATから380万ポンド(556万米ドル)の運転資金を受けることになっている。

タバコと疾患要因のエビデンス
 一方,ロンドン大学の研究グループでは,もしタバコの消費を減らすために,英国でも米国カリフォルニア州で行われている厳しいタバコ規制と同じ程度の規制を英国でも適用するとすれば,英国の国民保険サービス(NHS)は,10年間で11億4,000万ポンドの医療費を節約できることになるが,1998年の英国政府によるタバコ白書で示された現在の規制の範囲内にとどまるならば,同じ節約額は5億2,400万ポンドにしかならないとの試算結果を明らかにしている2)
 さらにこの試算では,喫煙が原因でもたらされる多くの疾患があるなかで,算出対象を心筋梗塞と脳卒中だけに限っているところから,実際のタバコ規制による節約額は,試算金額よりももっと大きな額になると見られている2)
 また欧州議会では,健康障害への警告としてタバコのパッケージデザインの三分の一を,肺癌や心臓疾患,脳卒中などのイメージ写真で占めることを義務づける法律の制定準備を進めている。同様の義務づけは,現在既にカナダで実施されており,同国においては,イメージ写真の占拠スペースは50%にまでも定められている2)
 こうした各国の動向を受けてWHOでも,喫煙抑制の先導活動さらに積極的に行っていく姿勢を明らかにしている2)。WHOの欧州オフィスでは,欧州の芸術家から禁煙を題材にした20点の作品の制作を委託しており,出来上がってきたそれらの作品については,欧州各国の美術館で公開するとともに,それぞれポスターとして制作して,医療機関に掲示し訪れる患者への禁煙啓蒙に役立たせる計画である。WHOによれば,現在欧州51カ国では年間総死亡者の14%に当たる120万人が喫煙関連の疾患で死亡しており,もしこのままの状態が継続するならば,2,020年には喫煙関連疾患の死亡は,200万人にまで上昇するとされている3)
 喫煙がもたらす疾患としては,肺癌,心臓疾患,脳卒中などのほかにも,呼吸器系疾患や消化器系疾患,また糖尿病などの多くの疾患があり,あるいはエストロゲン代謝への影響から,骨粗鬆症との関連まで検討課題に上っているといったふうでもある。まずはタバコこそ万病の元といっても差し支えはないであろう。
 タバコと糖尿病との関係では,米国ハーバード大学のJoAnn E. Mansonらが,米国での男性医師における喫煙と糖尿病の発症率に関して,「喫煙は用量依存的に2型糖尿病発症リスクを上昇させた」との興味ある報告をJAMA誌で行っている4)。研究は,Physicians' Health Studyに参加した40から84歳の男性医師で,追跡開始時に糖尿病,心血管疾患,癌と診断されていない21,068人を対象として行われたものである。
 また,これも最近のJAMA誌において,ハーバード大学のKaren Lasserらが,喫煙と精神病について,15から54歳の回答者4,411人のうち,現在喫煙者の割合は,非精神病者では22.5%であったのに対して,精神病既往者では34.8%,また過去1カ月の精神病患者では41.0%であったと報告している5)。喫煙を経験したことのある者の割合は,それぞれ39.1,55.3,59.0%であった。1991から92年にかけて実施された全米を対象としたNational Comorbidity Surveyの回答者のデータを解析したものである。


医薬ジャーナル論壇


文献
1)An absence of angst. NATURE Vol. 410 12 Apr. p.725(2001)
2)Tobacco issues resurface in Europe. NATURE MEDICINE Vol. 7 Jan. p.5(2001)
3)Martin Raw,:Fighting tobacco dependence in Europe. NATURE MEDICINE Vol.7 Jun. p.13(2001)
4)JoAnn E. Manson, et al.:米国男性医師における喫煙と糖尿病の発症率に関する前向き研究.JAMA日本語版 2001年4月号 p.61
5)Karen Lasser, et al.:喫煙と精神病:人口集団対象の実態調査.JAMA日本語版 2001年1月号 p.41


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